ものづくりのルーツや、作品のこと、つばめ屋さん自身のことについて。
私の大好きな作家さんの一人である「つばめ屋」さんに、会いに行ってきました。つばめ屋さん自身のこと、作品のこと、ハコイチとの出会いなど、たくさん聞いてきましたのでまとめます。
ハコイチweb新コーナー「作家さんに会いに行ってきたよ!第1回つばめ屋」私のつばめ屋さんへの愛が重くて長いですが、どうぞ最後までお付き合いください。
ハコイチとつばめ屋さんの出会いは、2015年の2月でした。もう6年以上ほぼ毎月出展いただいています。出展当初から、つばめ屋さんには心惹かれるものがあり…どうしてだかは今回お話を伺って分かったのですが、それはまた後程書きますね。
つばめ屋さんとハコイチとの出会いは、「偶然」でした。箱崎にふらりと散歩に来た時に、ハコイチののぼりを見つけて入ってみたそう。覚えているのは「air」のmeiさん。ゆるいクマの刺繍ブローチが印象に残っているんだって。meiさんが気さくに話しかけてくれて、「ハコイチ」ってなんだか楽しそうな場所だな、出展してみようかな、となったそう。いろんな人に「ハコイチ」との出会いを聞きましたが、これはなかなかないパターン。しかもつばめ屋さんは箱崎住まいじゃないので…、偶然よありがとうございます!
その頃のハコイチは5年目。ビルと町屋の両会場を使うようになっていて、出展作家数も多くとてもにぎやかでした。ビルは1ブース(今の半ブース)で出展の方が多くて、20名以上の方が出展していました。配置も今と違うので、けっこうぎゅうぎゅうだった記憶があります。つばめ屋さんが初出展の時一緒だった作家さんで今も出展していただいているのが「М井」さん、「air」さん、「isabella」さん、「かなえる屋」さんに「come kanui!」さん、「fujikiyo+β」さんなど、おなじみの作家さんばかりです。
つばめ屋さんの作家デビューはその前年の2014年。minneで販売を始めました。作りたいアイデアがいっぱいあり、自分に作れるものをひたすら作っていた時期。テイストもばらばらだったけれど、学びながらとにかく作っては発信、作っては発信の繰り返し。半分は勢いで作家になったそう。あとの半分は、ものづくりが大好きだったから。
そうこうしていると、「プラバンのブローチ」がminneの特集に掲載されてバズり、数か月注文が絶えない状況に。バイトして帰ってきては、毎日毎日プラバンブローチを作る日々。
作品についても作り始めた当初から、強度も考えクオリティをコントロール。本音はクレームが怖いから…とのことですが、ものづくりにおいて品質を考えることはとても大事。おかげで、ほとんどクレームはないそう。
そんな経験を重ねたころ、ハコイチと出会っていただけたわけです。つばめ屋さんのイベントデビューはハコイチ。つばめ屋さん曰く、ハコイチが初出展という人が多いとのこと。ハンドメイドを始めた人の足掛かりになるようなイベントでありたい、という側面もあるので、初めてのイベントに選んでいただけるのはとても嬉しいです。ハコイチってどう?と聞いてみたところ、ハコイチが好きです、って。んん、両思いです。ありがとうございます。
詳しく聞くと。アットホームなところが好き。ハコビルやハコ町屋の空気感が好き。毎月やってるから常連さんも多くて、作家さんと話すのも好き。だって。嬉しい限りです。
順調に作家経験を積まれていた時、発信のためにInstagramとFBもされていました。FBを通じて京都の「路地裏3坪雑貨店」さんから連絡があり、委託販売を始めることに。それからイベントへのお誘いや委託販売の依頼が次々に来るようになり、作家2~3年目くらいは、その時はとにかくがむしゃらに、露出を増やし、お客さんに知ってもらわないと!という気持ちで出れるイベントには全部出ていたそう。またイベントに出ることで作家同士の交流で情報交換もしていました。ただ、たくさんのイベントに出展するとイベントに追われるようになります。作るための時間が減ります。そうして、テイストと合うイベントに絞り始めました。そのテイストと合うイベントに、ハコイチが残っているのもまた嬉しいポイントです。
さてここで、つばめ屋さんご自身の話を聞きましょう。私が大好きなあの作品の空気感と透明感、そのルーツが一体どこにあるのか。
ものづくりの原点は、長崎は波佐見焼の窯元です。つばめ屋さんのお父さんがろくろをまわし、おじいちゃんとおじさんが絵付けをする。自宅の隣が工房で、幼いころからものづくりをする人たちを身近に見てきました。その頃から、絵を描いたり工作したりと作ることが大好きだったそう。ルーツの一つ目は、波佐見焼。
そして次のルーツへの転機は小学四年生のころ。おじいちゃんが亡くなって波佐見の窯を閉じた後、熊本は南小国への引っ越し。アンティークが好きだというお父さんが、こつこつと作り上げていたアンティークショップ「ギャラリー青雲」へ家族で移動します。小国の豊かな自然の中で過ごした少女時代。景色・空気・風…、南小国での生活のすべてから得たものから、つばめ屋さんの作品が生まれました。
やわらかな灯りの中、宿題をやるつばめ屋さんの横でお父さんが古時計の修理…情景が目に浮かぶようです。そんな暮らしがあって、将来は何か作りたい・クリエイティブなことがしたいと強く思うようになったそう。
つばめ屋さんのルーツの一つが、南小国だったとは!実は、ハコイチ一家も南小国が大好きでしょっちゅう訪れているんです。南小国に着くと帰ってきた~という気持ちになる不思議。おすすめは「はげのゆ温泉 くぬぎ湯」。(くぬぎ湯は小国町にあります)やまあいの美しい景色の中で、温かいお湯に浸かるあの瞬間のために日々頑張っています。あの大好きな景色をつばめ屋さんの作品の中に感じ取っていたのかな、と。私の中ではストン、と納得がいった次第です。
さて高校までを小国で過ごし、九州デザイナー学院ビジュアルデザイン学科に入学。何もかもが初めて尽くしになった福岡に越してきてからの半年は、ホームシックで泣いて過ごす日々だったとか。寂しかったけれど、今までの環境とは違う街での生活を経験しながら、夢を叶えるための勉強をしたい気持ちが強かった、街へのあこがれもあった、と。そのうちに友達もでき学校の課題をこなすことが楽しくなります。学校では、平面デザインを中心に、パッケージデザインやジャケットデザイン、フォントやイラストの勉強などを熱心にこなす日々。そして長いようであっという間の学生生活は過ぎ、将来を決める時期、就活のターンが来ます。クラスメイトが順調に内定をもらう中、いくつか会社を受けてみたけれど、しっくりくる場所がなく…。迷った末決意したそうです。ものづくりの道へ進むことを。先生は心配してくれましたが、ものを作って売る、という暮らしを始めます。
それからの話は、上に書いた通り。ハコイチと偶然出会ってくれて、本当に良かった!
ずっとものづくりをしていて、息抜き兼インスピレーションの時間は、散歩、というつばめ屋さん。この日も箱崎まで歩いてきてくれました。
「街の中にもたくさんの素敵な色がある、街の中のいい色味を見つけて、その色を作品にしています。」
これからについても、伺いました。
「イベントが少なくなっている中でも、つばめ屋の作品を見ていただいたり、手に取って楽しんでいただける機会を増やすためにも、ネットでの販売を強化していきたい。
そしてアクセサリーとはまた別の形で頭の中にあるイメージを表現したいと思っている。」
とにかく作るのが大好き、という気持ちがぎゅぎゅっと伝わってきました。私も、ものづくりが大好きで、ものを作れる人が偉い世の中にしていきたいという野望があります。ハコイチと一緒にいろんなことをやっていきましょう!と、私の熱い思いも伝えました。
最後に、屋号「つばめ屋」について。
「つばめは渡り鳥。自分の作品がいろんな人に渡っていって、使ってもらいたい」
今では、たくさんのつばめ屋ファンがつばめ屋さんのアクセサリーでおしゃれを楽しんでいます。私もその一人です。